雑記

ぼくが「けものフレンズ 論文合同」を主宰した理由

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みなさんこんにちは。今日は昔取った杵柄こと「論文合同」主宰の顔でおはなしします、やぎこです。

本日は普段にもましてアホみたいにどうでもいい話です。テーマは「ぼくが論文合同の主宰をした理由」(論文合同ってなにさ、という方はこちらの告知ページをご覧くださいませ~)。

もっと事務的なことも文章化して残さなきゃなぁと思いつつ、なんとなくこういうポエミーなものから書き始めてます。だって書くの楽しいんだもん(適当)。

……さて、だいたい2月くらいからこの合同誌の企画が本格始動して、それからはや半年弱。そしてコミケが終わった今、いの一番に振り返ってみて思うことは、「なんでこんな大変なことやっちゃったんだろうなぁ」というものでして……w

身の回りの人々を巻き込み、時には縁を切られるんじゃないかって思うくらい諸方面(特に編集担当とWeb担当と査読者さん)に迷惑をかけ。「あっという間でしたが、とても楽しかったです!!!」……なんて言えないくらい、今回の合同誌の主宰はなかなかにつらくきびしい戦いでした。

でも、とりあえずなんとかかんとか胃の痛みをこらえながら主宰をやって来れたのは、参加者の皆さんに平気な顔で迷惑をかけられたのは、ぼくに確固たる「論文合同」を主宰した理由があったからなのです。

ということで以下、捉え方によっては若干過激なので合同誌のまえがきには掲載しなかった、その「理由」についてのおはなしです。どうぞ、やぎこちゃんの盛大な自分語りにお付き合いくださいませ~。

……あ、ちなみに本記事、むちゃくちゃ無益なことを5000文字程度書き連ねてる超駄文なので、あまり読むのは推奨しません()

ぼくが論文合同を主宰した理由

さて、まずは結論から言ってしまいましょう。

ぼくが「論文合同」を主宰した理由、それは「けもフレが炎上しまくってたから」です。

…………さすがに端折りすぎな感じがするので、もう少し丁寧に説明します。

「インターネットの過激性」を見た、冬くらいのこと。

今年の1月~4月、アニメ「けものフレンズ2」が放映されたことは皆さんの記憶に新しいと思います。そして、それが見事に燃え上がったのも皆さんの記憶に新しいのではないでしょうか(ちなみに、ぼくも2回くらいツイートが半焼しました)。

その根源たるきっかけと言えば、例の「たつき監督降板事件」であることは言うまでもないでしょう。まあ、あの事件は普通にいただけないので、KFP諸々が炎上するのはまあ分かります。

しかし、今回の炎上はいささかさまざまな所に飛び火しすぎました。本来ならばたつき監督というクリエイターの保護を背景に持っていたはずのムーブメントは、いつしか形を変えて「けもフレ2」を創り上げたクリエイターたちへと矛先が向いたのです。皮肉なものでした。

そして、この炎上騒動にぼくは「インターネット特有の過激性」をひしひしと感じました。もちろん誰と名前は出しませんが、以前「けものフレンズがーでん」でお会いした優しく温和だった方々が豹変して「2」制作陣を叩いている様には、一種の恐怖さえ覚えたものです。

そんなことをぼんやり感じていた折、ぼんやり過去ツイートを漁っていると、自分が昨年の12月くらいにTwitterでつぶやいていたツイートを発掘しました。

この発端となったツイートを発掘したのが、だいたい1月末くらいのこと。

このツイートをしたときは、単に「誰かやってくれたら参加くらいは考えよう」くらいのものだったはず。なのに、睦月は末のぼくがこのツイートを掘り起こしたとき、こんなこと思わなければ良かったものを、ふと思ってしまったのです。

「この合同誌こそ、今のけものフレンズに必要なものだ」と。

「優しい」って、なんだ?

さて、いったん少しだけ話は飛びます。

アニメ「けものフレンズ」が流行った当時、かの世界は「優しい世界だ」と言われました。互いに認め合い、尊重し合い、時には手を差し伸べ合う。こうやって字面にしてみれば、とてもとても素晴らしい世界のように感じられます。

しかし、それは本当に「優しい」のでしょうか?

ぼくはこの問いを考えるとき、しばしば老子の「授人以魚 不如授人以漁」という言葉を思い出します。現代日本語に直すと「魚を与えるより、魚の釣り方を教えよ」とでもなるでしょうか。

残念なことに、現実という名前のこの世の中は、まったくもって「優しい世界」ではありません。大学生という「社会的モラトリアム」な身分でさえ、なかなかにストレスフルな環境に投じられているのですから……。時には心無い𠮟責を受け、心が270度くらい折れ曲がることもありますよね。

しかしそんな厳しい環境の中でも、人には誰しも自立し、あるいは自律しなければならないタイミングがやって来ます。もしかしたら、やがて自分にとって守るべきものが与えられ、あるいは生まれるかもしれません(それが何かは知りませんが)。

そんなとき、他人から魚を与えられてばかりで、自分自身で生きていく力を身に付けないままでいたらどうなるでしょうか。そういったことを考えたとき、果たして安易に他人へと手を差し伸べることは、本当に「優しい」と言えるでしょうか?

もちろん、1期「けものフレンズ」の世界がすべて安易な「優しさ」の世界である、とは微塵も思いません。

しかし、例の事件のあとに「けものフレンズ」へと寄せられている心無い意見を見ていると、彼らは「優しさ」をぬるま湯のようなものと勘違いしているのではないか?とさえ思ってしまうのです。(これは完全なる私見なので、目くじら立てて怒らないで下さいね……。)

アカデミアという世界の「優しさ」

それでは話を「論文合同」へと戻しましょう。ええと、そうそう。ぼくが「論文合同」を企画したタイミングの話でした。

この合同誌を企画した時点で、ぼくはなんとまだ学部1年生。論文はおろか、まだ満足に教科書さえ読みこなせないペーペーでした(まあ、それは学部2年生になった今この瞬間もですが……)。

しかしその当時から今に至るまで、ぼくがアカデミア(学究的世界)に対し一貫して感じていることがあります。

それは、「あの世界こそ、本当の『優しい』世界なのだ」ということです。

アカデミアという世界では、自分の成したことを文章という形で発表するという意味で、各々に与えられた成果発表の手法は非常に平等なものです。そして、平等に添削がなされ、平等に学術雑誌へと、あるいは学会へと披露されます。

もちろん、各々に与えられる研究設備は異なります。各々に与えられる研究の場所も異なれば、各々が持てる人脈も、知識も異なります。あるいは政治的なバイアスや、社会情勢に左右されることもあることでしょう。

しかしそれと同時に、私たちはアカデミアという世界で「巨人の肩の上に乗る」ことが出来ます。ひとたびそのチャンスさえつかんでしまえば、私たちは平等にネットワークへとアクセスし、平等に先人の叡智を吸収することが出来ます。言い方を変えれば、かの世界は平等であることを我々へと強く要求している世界だ、とも言えるでしょう。

そして私たちは学術という世界で、この世界に自分が生きたという証を打ち付けることが出来ます。我々はその手段を持ちうるのです。旧アプリ版のセーバルの言葉を借りれば、「セーバルが、いなくなっても セーバルが、おもったことが、のこるんだよ。すごいよね」です。

こんな素晴らしいことが、こんなに「優しい」世界があるでしょうか?

こういった甘っちょろい考えを持てるのは、日本という平和ボケした国で、のほほんと学生の身分を享受しているからこそかもしれません。ですが、この魑魅魍魎がはびこる世界の中で、ここまで平等な、あるいは平等であることを要求される学究的世界は、「優しい」世界と言われるにふさわしいのではないでしょうか?


……ってことで、かの発端となった自分のツイートを掘り起こしたとき、ぼくは思いました。

「この合同誌を通して、インターネットの過激さに疲れてしまった人たちへ本当の『優しさ』を伝えたい、素晴らしさを知るためのきっかけを得て欲しい」。

こうして、一切の勝算を持たないまま「論文合同」は走り出してしまったのです……。やめときゃよかったのに。あとただの一介の学部生がアカデミアを語るな

そして、祭りが終わって……

コミックマーケット、縮めてコミケは、しばしばその性質から「お祭り」と喩えられます。3万を超えるサークルの人々が当日に向けて心血を注ぎ、そして成果物を惜しみなく披露するその姿は、まさに「お祭り」と言って差し支えないでしょう。

そして、祭りの後の寂寥感に乗じてこの半年を振り返ってみると、その道程は出来すぎているほどドラスティックで、そして胃が痛いものでした。

言葉に表し切れないほどお世話になった、編集担当とWeb担当の2人を呼び込んだ2月。夢と希望だけを頼りにサークル「ジャパリパーク研究委員会」を立ち上げ、ロゴを作り、Twitterアカウントを作り、コミケの申し込みをしたあの時期は、「論文合同」を作るモチベが一番高かった時期だったのかもしれませんw

たかがフォロワー数300人そこらだった自分の企画に、なんと約30人もの方が参加表明してくださった3月。10人やそこら集まればいいなと思っていた自分にとって、集まったこの数字は嬉しくもあり、そしてプレッシャーでもあり……。

だんだん、だんだんと内容が具体的なものになってきた4月。てらねこすさんに表紙絵をお願いすることが確定したのもこのころだったと思います。他にも本文のレイアウトがカタチになってきたり、Webサイトの素案が固まってきたり。「これはすごいクオリティになるぞ」という肌感覚は、振り返るとこの時期からあった気がします。

文章系原稿の〆切があり、だんだんとバタついてきた5月。今回「論文合同」に設けた査読システムの目線合わせ・調整にしろ、スケジュール管理にしろ、〆切を過ぎた参加者さんへの声掛けにしろ、何かと自分の至らなさを強く感じはじめた、そんなころでした。

すべての参加者さんからの原稿が出揃い、編集担当とぼくの孤独なレースが始まりだした6月。1ページ1ページが編集担当から上がってくるたび、そのクオリティの高さに驚き、喜び、そしてそれがプレッシャーとなり……。もしかしたら今回の企画期間の中で、一番多く胃薬を飲んでた1ヶ月だったかもしれません()

そうこうしてついにマスターデータが完成し、脱稿だ!とぬか喜びした7月。ようやく準備が終わったかと思いきや、金策に走ったり細かい事務作業に追われたりと、結局最後まで合同誌の運営に振り回されたのはいい思い出です。メロブの委託分が予約段階で完売してしまう、という嬉しい悲鳴もありましたね。

そして気付けば、もう8月も終わろうとしています。もちろん数値で測るつもりはありませんが、単純な比較として主宰のTwitterフォロワー数は半年前から200人以上増え、丹精込めて準備してきた「論文合同」は刷った部数ぶんすべて完売という、非常に喜ばしい結果に終わりました。

この半年間なんとか頑張って来れたのは、ひとえに本合同誌へ参加してくださった皆さん、そして応援してくださった皆さんのおかげです。本当に、本当にありがとうございました。

さて、このあとどうしよう?

それでは最後に、今後のやぎこちゃんの活動について。

とてもありがたいことに、「論文合同 シーズン2」をご切望いただく声も非常に大きいものとなっています。再販しろ、とお知り合いの方々から 脅し 要望を受けることも少なくありません。事実、それを受けて電子書籍版のほうは発行させていただいた次第です。

しかし残念ながら、ぼくはここからのしばらくの間、諸々の事情から余裕を持ちえません。ということで、「2」の開催が叶うとは口が裂けても言えません……というか、ハッキリ言って不可能に近いと思います。正直、消費カロリーが膨大すぎてですね……。

あと、これはめちゃくちゃ個人的な話なのですが、だんだん自分自身の創作意欲的なサムシングが失われつつあるというのも感じてはいるんですね。なので、またしばらく同人誌は出さずに(あるいは元のKey作品系ジャンルへ戻って小部数頒布だけしながら)のんびり生きようかな、と。

ですが、いつかまたこういった催しがあったのなら、末席くらいは汚してみたいな……と思う自分もいたりしまして。ってことで、まあ今後についてはまたのんびりと、お酒でも飲みながら考えたいなと思います。あと、今回の合同の覚書くらいはまたブログ書こうかなって思ってます。

……とりあえず、いったん今はこのくらいで勘弁してください(「留年」の二文字がまあまあ現実味を帯びてきている顔)。

さてそれでは明日も朝が早いので、尻切れトンボではありますが、今回の記事はこのへんで。アホみたいな超駄文にお付き合いくださりありがとうございました。

ではまた、いつかお会いする日まで!

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