雑記

「『いのち』を再定義しよう」……なんてどうでしょう?

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いのち、とは。
恐らく人類最古の問いのひとつにして未だに解決できてない問題じゃないですかねコレ。

何言ってんだお前

受験勉強で頭イカれたか? 半分当たりで半分ハズレです。
今日のお昼未明から夕方くらいにかけて、某医学部受験対策用の生物記述論述問題集をやってたときのコト。
ここ最近の受験生物界隈でのブームなのか知りませんが、割と生命倫理のハナシがよく出題されるんですよね。てなわけで、そんなご多聞に漏れずボクもせっせこと未成熟胚の核移植に関する問題を解いてまして。

そんなとき、ふと思ったんですね。
「生命ってなんだ?」と。
こうなったらもう思考は止まりません。てことで目の前の問題を適当に切り上げて、やぎこ氏はGoogle先生にいろいろ尋ね始めましたとさ。
ちなみにその問題の採点は8点中3点でした。悲しい。

強烈な違和感①

というわけで、まずは適当に「クローン ドリー」とか検索してWikipediaを開き、適当にクローン搾精作製に関する知見をざっくり獲得。ほむほむ、テロメアが短いのね完全に理解した(適当)。
続けてヒトクローンってどうなのって思ってググる。まだ作製例は無いってことにされてるのんね。
まあ技術的には出来そうだけど倫理的にって話なのかなぁ、ほんじゃ実際作ったらどうなんの?
ってことでまずは法律を調べる。「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」。はえー、こんなのあんだね……ってことで罰則を見てみる。

ここでまず一つ目の違和感。
この法律、当然罰則は無期懲役とかその辺かな……って思ったら、「十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金」オンリーなんですねぇ……。
生命を奪ったら最悪死刑だけど、生命を勝手に作ってもお値段たったの1000万円。わーいオトクだね。
でもって、もしクローンの子が生まれてしまったとき、安楽死させるのか国で保護するのか、はたまた作製者が育てるのか。その辺も全く規定されてないのね。
勝手にクローンは罪としておいて、生まれてしまったら丸投げですか。はえー…………。

法の成り立ちとかいう話になると夜警国家ウンタラの話になって完全にアウェーになるので、そこらはとりあえず放置する方向で行きます()

強烈な違和感②

そしてココから完全にぼくの妄想ワールドに入ります。
「もしそういったヒトクローンが生まれてしまったとして、果たしてどういう生活を送っていくんだろう?」
「その子とクローン元の人間は果たしてどういう関係になるんだろう?」
そもそも命とはなんだ?

……最後にものすごい論理の飛躍があった気がしますが気にしないで下さい。気になっちゃったもんはしょうがない。

と、いうか。この生命トークに関しては、ずっと昔から僕の中に、それこそ重箱のスミをつつくような疑問が1個ありまして。
「命は大事に!」とか「生きるって素晴らしい!」とか、よく言うじゃないですか。アレってどうなんですかね?
だって皆さん、うがいしますよね? 手洗いしますよね? それ雑菌殺してません? 菌も生きてますけど、命って重いんじゃなかったんですか?
ベジタリアンを謳ってる人が日本脳炎の予防接種するってなんでなんでしょう。ってなワケで、これが強烈な違和感その2です。

まあ、コレって弱肉強食……っていうか、結局は強き者が弱き者をくじくっていう単純なハナシなんですよね。
それを受け入れもせず、動物愛護やらなんやら……って叫んでるヒト見ると吐き気がします。
なんで細菌殺すのがOKで動物殺すのがNGなんですか。単純に「利用価値があるかないか」じゃないんですか?

「動物は感情を持ってるから!」って得意げに言う人もいそうですけど、それじゃ動物が感情を持っていると証明できる事物はあるんでしょうか。
人間が動物に対して、「感情のようなもの」を勝手に見出しているだけでないと言い切れるんですか?
そもそも論、そうやって動物に対して「かわいそう」という感情を見出すこと自体人間のエゴじゃありません? つまりは無意識に動物のこと見下してるじゃない。

ね、ほら。なんだかんだ言って、動物を保護する理由は「動物は可愛いから」じゃないですか。
人間にとって癒しという利用価値がある。ただそれだけのために動物を殺してはいけない。なるほど。

あ、一応言及してはおきますが、生態学とかに関することは一応ほんのちょこっと齧ってるので、動物にはそちら方面での価値があるってことも知ってますよ。
経済的なものもしかり。単に感情論だけでないのも承知しています。

でも結局、今の世の中では「いのち」を「価値」でしか推し量ることは出来ないのんね……。

なんか良い方法ないかなって

と、まあかなりエラそうなことを口走ってみました。
ですが、実際自分自身がどうかって言うと、つい最近まで動物がフレンズなアニメにハマってたりだとか、趣味が高じてそっち関連の記事書かせて頂いたりとかした人間でして。
いくら理詰めで考えたところで、あるいは経験則的に、僕たちは「動物は殺しちゃいけないけど細菌ならOK」ということを知っています。悲しいことに。

さて、この齟齬をどうしたらいいもんか。
ってことで考え付いたのが表題です。「いのち」を再定義したらどうだろう? ってなハナシ。

なんかマジメっぽい話になって参りました

つーか、そもそも生命ってなんなんですかね。ぼくにも分かりません。

まず確認なんですけど、今の生物学的な生命の定義って、ざっくり言ってしまえば
・周囲との境界を持つ(自己と非自己が分かたれている)
・自己複製を行う(子孫を残す)
・代謝する(エネルギー通貨を消費したり産生したりする)
の3つじゃないですか。
まあ確かに#それはそうって感じなんですが、正直体感的には全く合ってない定義ですよねぇコレ。
だって上でも言ったように、これだと「生命」っていうモノを倫理的に見たときに、人間と細菌が同類になるんですもん。

てなわけで、新しく生命ってのを定義してみたらなんだかうまくいきそうな気がしたのですが……いかんせんその内容が全く思いつかない……。
誰かあとはよろしく頼みました(丸投げ)ってことで今回は勘弁。問題提起だけしただけでもえらいえらい!!
……えーっと、ホントアレなんですがマジメな話になって頭が回らなくなってきたのでコレにて…………()

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