雑記

生命倫理から見た「けものフレンズ」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

NHKの某Eテレ番組を見ているときに思いついたお話です。

深夜テンションでばーっと書いてるので途中変なところだったりがたくさんあるとは思いますが、生暖かい目で見ていただけると幸いでございます……。

○「けものフレンズ」とは

2017年冬~春にかけて放映された、「ジャパリパーク」という巨大動物園で擬人化した動物の女の子(以下「アニマルガール」)がどったんばったんやるアニメ。

「サンドスター」という活火山から噴出す不思議な粉を浴びた「動物、もしくは動物だったもの」は、

              ・元の動物の特徴をある程度取り入れた姿で

              ・好む環境等も元の動物時代とほぼ変わらず

              ・性別は必ず女の子で

              ・年齢は(少なくとも登場したキャラクターは全て)推定10代~20代で

              ・食べるものは「ジャパリまん」というもののみで

擬人化され、周囲のアニマルガールたちと暮らしていきます。

また、劇中では、「セルリアン」と呼ばれる自然災害的な敵キャラが存在し、セルリアンにアニマルガールが捕食されると、アニマルガールは元の動物に戻ってしまう、という設定があります。このセルリアンへ対抗するためにハンターという存在がいて……と、詳しいことを話すと長くなるので詳細は視聴してみてください。

この世界には、バイオーム等に対応しているであろうと考えられる「ちほー」と呼ばれるものや、ちほーがいくつか集合して出来る「えりあ」と呼ばれるものがあり、アプリ版の情報も考慮に入れるとかなり巨大な舞台・膨大な数のアニマルガールが存在することが推定されます。

この辺また一個一個の設定で記事が書けちゃうくらいにはいろいろ考えがあるのですが、それはまた別の機会に。

まあ、端的に言って神アニメです。はかせかわいいよはかせ……

 

 

 

○生命倫理の現状

話は思いっきり飛びます。

古代ギリシア、アリストテレスから始まった生物学は歴史を追うごとに進歩していき、昨今バイオテクノロジーは飛躍を遂げ、それらは医療や食品産業などに大きな貢献を果たしています。

もしもこれが数学や化学、物理学だったらこの急成長を手放しに喜べるのかもしれません。あるいは天文学だったら、新たな発見に大きく沸いたのでしょうか。

しかし、生物学や医学に関しては、そうともいきません。なぜなら、そこには生命倫理という大きな問題があるからです。

 

2015年、中国の研究グループがヒト受精卵のゲノム編集を可能にし、今年の3月には実際の受精卵にゲノム編集を施したという発表がなされました。また、山中伸弥教授のiPS細胞によるノーベル賞受賞など、生命科学というものは現在、著しい発展を成し遂げている学問のひとつです。

このようにすばらしい技術が作られていく一方で、倫理的・技術的ともに、遺伝子組み換えやゲノム編集に関する国際的な共通のルールがまだないなど、課題も山積しています。

もちろんこれからの将来、更に技術は発展していくでしょう。しかし、それと同時に生命倫理の問題も、より大きく難解なものへと変化していくはずです。

 

 

 

○ジャパリパークが実際にあったら

また話は飛びます。

「けものフレンズ」では、「かばんちゃん」と名づけられたヒトのアニマルガールが主人公として登場します。

劇中で話が進むにしたがって、彼女はもともとパークのガイドをしていた女性、「ミライさん」の毛髪から生じたと明らかになります。

11話~12話において、かばんちゃんがセルリアンに捕食されて元の動物(つまりヒト)に戻ってしまうものの、ヒトだから知性はあるし今まで通りだよね、めでたしめでたし、で話は流れていくのですが。

ここで今までの点を踏まえて、ひとつ疑問が生じます。

「毛髪からアニマルガールが発生し、アニマルガールがセルリアンに捕食されると元の動物に戻っていく。ならば、このサイクルを利用して半無限的に個体数を増幅させることは可能ではないだろうか?」

 

もしも実際にジャパリパークが存在し、アニマルガールなる存在がいたと仮定しましょう。そこでは次々にヒトが作製され、何かしら欠陥があったら(もしくは望む能力がなければ)廃棄、つまり殺処分されていきます。巷で話題の、「命の選別問題」ですね。

また、アニマルガールにはツチノコなどのUMAや絶滅した動物、さらには想像上の動物までもが登場します。こうなったら、もう生態系もくそもありません。

 

もちろんそこで「そんなの空想上の話だ」と言ってしまえば元も子も無いのですが、動物の遺伝子を自由自在に操れるようになった現代、必ず近い将来このような問題は生じてくるはずです。

 

 

 

○「いのち」とはなんだろう?

本題です。

……タイトルを見た瞬間「これヤバい宗教系の何かなんじゃ」とか思った皆さん、ご安心ください。僕は無宗教ですし、好きな宗教を強いて言うなら「日本神道」と答える人間です。

ただの生物系のおはなしですし明確な答えなんて出てませんから。

 

現在生命倫理の世界では、主に「動物」、特に「ヒト」に関しての論争がなされています。やれ障害を持つ子供は産むべきか、やれヒトクローンはダメだ、とか。

もちろんその論争が無駄というわけではありません。全世界の妊婦さんにとってわが子がダウン症になってしまうかどうかというのは大変重要な話ですし、ヒトクローンが産まれてしまえばそれこそ倫理的な問題となるのは否めないでしょう。

しかし、僕は思うわけです。「生命に貴賎はあるか」、と。

現実問題、そこには確固たる差があることを否定は出来ません。道を歩けば知らず知らずのうちに昆虫を踏み潰しているし、スーパーに行けば無慈悲にも屠殺された魚や動物の肉が100gいくらで売られています。

では、例えばその肉が、アニマルガールとなった姿の牛や豚の肉だとしたらどうでしょう?スーパーに売られている肉を、果たして人肉としてではなく牛肉や豚肉として食べることができるでしょうか?

逆の言い方をしましょう。もしもかばんちゃんのように、動物を増殖させられることが容易に出来るようになったら? そのとき、僕たちは「クローンだから」という理由でその動物たちを罵ったり無下にしたりしないでしょうか?

 

もちろん上でも言ったように、生命に貴賎はない、なんてのはただのキレイごとです。それを手放しに振りかざすことは出来ません。

しかし、キレイごとは理想だからこそキレイごとと呼ばれます。現実がいかに汚いからといって、そこに近づける努力も何もしないのでは、それこそ生命倫理という学問自体の存在意義が問われます。まずは、そこからきちんと議論すべきなのではないか、としがない宅浪生は思うのですが、いかがでしょうか。

 

 

 

○「いただきます」と「ごちそうさま」

さて、なんだかキレイに締めたところで、蛇足っぽい結論を述べたいと思います。

我々人間は、アニマルガールのようにジャパリまんのみを食べて生きているわけではありません。当然野菜も食べれば、肉魚も食べ、穀物も食べます。

そしてこれも当然のことながら、これらの食材はもともと命を宿していたものです。

上で述べたように、これが全て人間の形をしていたとしたら、きっと食べることに抵抗があったのでしょう。しかし、現実にはそうではありません。

ですが、だからこそそこに「いのち」があったことを想像しなければならないと思うのです。飲まず食わずで生きていくことなんて出来ませんし、ベジタリアンの方々なんかはその葛藤の末、そこに行き着いたのだと思いますが。

それこそ、生命倫理というもののあるべき姿、なのではないでしょうか。

 

「けものフレンズ」というアニメは、私たちに「いのち」のありがたさを教えてくれているのだと思います。

ゲノム編集やらクローンやら小難しい話を例示しましたが、ぶっちゃけて言えば普通に生きていくうえで、そんなの知らなくたってどうにかなります。

ですが、たったひとつ、ご飯を食べるときは「いただきます」、食べ終えたら「ごちそうさまでした」を言うだけで、きっと人生は少しだけ豊かになるのではないかと、ぼくはそう思うわけです。

てことで、生命科学志望の受験生が贈る「けものフレンズ」考、でした。

「フレンズ」でなく「アニマルガール」呼びしたのは、そっちのほうが分類分けとして適してるかなって思ったそれだけです、はい。

進捗報告は寝て起きたらやります、模試受けてきたので体力が……

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す

*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)